Monday, August 06, 2018

平和


戦後73年目の8月6日


陸軍にいた私の叔父は20歳の時 原爆投下のその朝、広島に入り亡くなりました。叔父は母の年の離れた兄で母も小さかったので兄の記憶は薄いそうです。



「髪の毛1本、なんにも出てこなかったから今でもどこかで生きてるんじゃないかと思うことがある」と聞いたことがあります。こういう話は子供の頃は聞いたことがなく成人してからのある年、広島平和記念式典に一緒に行かないかと言われて出かけた際に知りました。暑い夏 汗だくで臨んだ式典でした。元安川で行われる灯篭流しに叔父の名前を書いた灯篭を流しました。

手塩にかけ女手一つで育てた息子をある日突然亡くしてしまった当時の祖母の気持ちというのは聞いたこともないし知る由もありません。自分も人の子の親になってからそのことを事あるごとにふと思い浮かべてしまいます。

この日だけでなく戦争で亡くなった日本人、そして外国の方々の数は多大です。




以前仕事で2度出かけたことのある沖縄も大きな犠牲が出ました。私は旅先には必ずカメラを持って出かけ周囲が呆れるほどの枚数を撮ることが多いのです。那覇市内を歩いていた時に周囲を緑で囲まれた石の祠のような場所へひざまづきじっとしているおばあさんを見かけました。

カメラアングルとしてはとても雰囲気がありました。ですが おばあさんの周囲にはカメラのシャッターを切ることをはばかられる祈りの空気がありました。

ただ じっと遠くから眺めているだけの私でした。立ち去る時にお辞儀をしたのを覚えています。




この日だけでなく戦争で亡くなった日本人、そして外国の方々の数も含めるとその犠牲は甚大です。正しい戦争なんて絶対にありません。戦争を知らない私達も平和な明日が来ることは奇跡なのだと思い返すことが大切だと思います。