Monday, March 05, 2018

それでもネコは出かけてく

その日 その時は タカラモノ


先日こういう記事を読みました。去年 我が家の猫が私の腕の中で旅立ちました。だから気に止まったのかもしれませんがこれは猫だけの話ではなく人間もまったく同じだと思いました。


亡くなった子とは桜の季節には一緒に歩いて近くの丘までお花見に行っていました。
いつも庭や畑、草の中を歩き夕日をいつまでも眺めていたり。
お気に入りの場所でお昼寝をしたり。

最期の時も機嫌よく外回りに出かけ、帰宅した直後の出来事でした。


存分に一生を生きること。
その日その時を大切にすること。

大きな教えをもらったのだと思いました。






それでもネコは出かけてく

思想家・吉本隆明氏の家に集う猫の話
その5 「それでも猫は出かけていく」 

思想家・吉本隆明氏の家に集う猫と人の、しなやかでしたたかな交流を綴った『それでも猫はでかけていく』より、試し読みをお届けします。
 おおむね4半世紀、どっぷり猫と付き合ってきた私ですが、いまだにどうしても苦手なことが2つあります。猫に食事制限をすることと、行動制限をすることです。 
この2つは、時に絶対に必要なこととは分かっていますが、たいていの場合中途半端で挫折します。療法食しか与えちゃいけないなんてのはもってのほか、血液検査などでの半日の絶食でさえも四苦八苦です。また、避妊手術後のノラをケージに入れて養生させておく場合も、中で騒ぎ出そうものなら、即根負けし傷の治りもそこそこに解放となります。
 これはたぶん、私自身の食い意地が張っていて、ふらふら出歩くのが好きなので「食えない、自由が無いじゃー生きてるイミ無いじゃん!」と、勝手に感情移入してしまうからなのでしょう。
 

もちろん猫は室内飼いが理想ですし、生まれた時から家の中だけが世界のすべてだという猫であれば、別段苦にもならないのでしょうが。

都会の猫は、たいへんな危険にさらされています。猫密度が高いため、伝染病への感染の心配はもちろん、年間数匹は顔見知りの猫の交通事故死を知らされます。実際うちのヒメ子も、1才未満で2度の事故にあっているわけですし、シロミだって(実は踏まれたのではなく)交通事故が原因の障害の可能性もあります。十数年前には、本当に可愛がっていた9才のミケ猫を交通事故で亡くし、死ぬほどツライ思いをしたこともあります。
 
それでも私は、猫が出かけていくのを止められません。

タンという黒猫がいました。女だてらに広範囲の縄張りを持ち、出ていくと1日2日は帰らないこともあり、生涯(軽傷ながら)2度の事故にもあい、ずい分心配させられました。2年半にわたって胃ガンを患いつつも(最後は腎不全でしたが)、タンは死の1週間前まで外へ行き、縄張りを見回り、鳥を捕り、風の匂いを嗅ぎ、土の上で転げ回り、2年前の桜の散る頃死にました。

わずか7年余りの生涯でしたが、存分に生きるとはどういうことかを教えてくれた猫でした。外の世界で、タンは確実に倍以上生きていたのです。

猫が出かけていく時、必ず自分に問いかけます。
「もしもの事があった時、本当に後悔はしないのか?」
「……しない」ムチャムチャ悲しみはするけれど、決して後悔はしない。
それだけの覚悟をもって、今日も出ていく猫を見送るのです。