Thursday, July 13, 2017

言葉というもの



言の葉と書いて言葉。


きれいな日本語ですね。人を元気づけ励ますのも 慰めるのもことば。人の心に土足で踏み込んで傷つけるのもことば。

ネット社会では自分を明かさずに投稿できる場所が多いのでときおり検索などしていたときヒットしたページに乱暴な文字が並んでいるのを見ると自分には無関係のことであっても不愉快というか怒りすら覚えることがあります。

言いたいことがあるのならきちんと自分を明かして相手に伝えなければ卑怯な気がします。

他人のミス、自分の気に入らないことはもちろん いいこと素晴らしいことであってもとにかく批判。悲しいです。

誰でも至らないことはあるし かなりの人格者であってもうっかりはあるかもしれない。無くて7癖あって48癖ですから。社会に起きた様々な出来事というのはそれを実際に経験した人でなければ真実はわかりません。事情を知らずに論うのでは不公平。

私の友人は理美容師。お客様のいろいろな話を聞くことが多い仕事です。彼女とは本当に長い付き合いなのですが一番信頼できる友人です。他人の話してはいけないことを絶対に他に漏らさない口の固い人だからです。それは長く仕事をしていく上で信用を積み重ねていくために必要であったことも もちろんですが、彼女自身の誠実な人柄からきていることでもあります。

彼女と話していて心に残った言葉があります。「人の噂話は一切信用しない。噂されている当人その人から聞いた話ならともかくそうでない他人の話はほとんどの場合真実から大きく離れていることが多いから。その人自身が話したことしか信じない、当人が嘘を付いていない限りそれが真実だから」と。

「他人の不幸は蜜の味」なんて言葉の意味には「妬みは人の本能の中にあって否定するものではない」という含みもあるようです。

人に優しい社会が理想ですが、考えたほどにうまくいかないのも事実です。なかなかできないからこそこうやって書くことで自分に言い聞かせているのかもしれません。